19 楠神
南方熊楠の熊楠という名は、楠神から授かったといいます。
大きなクスノキの楠神さまは子供の守り神で、
産まれた子供が丈夫に育つように願いを込め、
楠の一字を名前の中に付ける風習が紀州と土佐にあったそうです。
・・・紀伊藤白王子社畔に、楠神と号し、いと古き楠の木に、注連結びたるが立てりき。
当国、ことに海草郡、なかんずく予が氏とする南方苗字の民など、
子産まるるごとに、これに詣で祈り、祠宮より名の一字を受く。
楠、藤、熊などこれなり。
この名を受けし者、病あるつど、件の楠神に平癒を祷る。
今も海草郡に楠をもって名とせる者多く、熊楠などは幾百人あるか知れぬほどなり。
予の兄弟九人、兄藤吉、姉熊、妹藤枝いづれも右の縁で命名され、
のこる六人ことごとく楠を名の下につく。
なかんづく予は熊と楠の二字を楠神より授かったので、四歳で重病の時、家人に負われて父に伴われ、
未明から楠神へ詣ったのをありありと今も眼前に見る。
また楠の樹を見るごとに口にいうべからざる特殊の感じを発する。
楠を族霊として人に名づけること紀州に限らず土佐にも多し。
ただし予が知ったかぎり、土佐では楠弥、楠猪、楠馬など、楠を名の上に置くが多く、
紀州では定楠、清楠など名の下につけるが多きと違う。・・・
(南方熊楠全集)
土佐には何ヶ所か、楠神を祀る神社があります。
どの楠神も質朴でひそやかです。
人が木の精霊と共にあったはるかな時間は失われつつあり、
土地に住む人も楠神のことを知る人は少なくなりました。
春野町にある樹齢1000年といわれる「クスノキさま」を訪ねた時は、ヒヨドリがたくさんでにぎやかでした。
追記
西田楠男という方が、「楠、樟のつく名前について」と題した興味深い文章を
「南国史談ー10号」に書かれています。
その方から、いろいろご教示頂けることになりました。今から、楽しみです。
追記(11月28日)
北風の寒い日、西田さんを南国市国分に訪ねました。
ご高齢で何年か前から半身が少しご不自由とのことですが、
「行きましょう!」と言って、国分寺の森の楠神さまに連れていってくれました。
そこには枯れた楠の巨大な古株があり、その前に小さな祠がありました。
この楠神さまから名前の一字を受けた西田さんはこの場所を何百回と訪れたことでしょう。
大きな古株の側に、杖をついて微笑みながら立つ西田さんの姿がとても印象的でした。