犬も歩けば            


25 続 山の道(中津尾)    山の尾根を結ぶ忘れられた峰の古道がある。
                     今、峰道沿いのこの山上の山里に2家族・3人の老人だけが住んでいる。
                     84才の老翁は、「ここは昔、東西南北の峰道が交差する要の地でした。」と話してくれた。


 中津尾への道は遠い。
途中、車や人に出会うことはなく、いくつかの峠を越え、いくつかの谷に沿った崩れの多い山道を行く。
水の流れの始まりを目指すように山の尾根に向って進み、
標高1000m程の山頂近く、南に面して少しなだらかな場所にこの山里はある。
ここに来ると眺望は一気に開け、心が解き放される。

 この場所は、千三百年ほど昔、行基開山というお寺の草創の地との伝承を持つ場所で、
大きな磐座の前に小さな観音堂が、いまもある。
旧暦・1月17日は十一面観音の初縁日で、ここに住む三人だけのささやかなおまつりがあった。

 その日は、夜来の雨もすっかり上がり、風もなくポカポカとあたたかい日差しがこの土地と時間を
やさしく被っているような気がした。
「今日はほんとによいかんのんさん日和ですねぇ・・・」
年に2度だけ開かれる観音堂の扉が開かれ、菓子・果物・酒が供えられ、
この山里に住む3人だけのささやかだが純粋でこころあたたかい「初観音」のおまつり・・・。



「百年も千年も続いた祭りもワシらの代で終わりになるかノウ・・・」
「いやいや、かんのんさんが誰かをか見つけてくれますヨ」
祭りの後、小さな焚き火を囲み、コップ酒をいただきながら、たくさんの話を聞いた。
「青いトカゲの話」「白い犬の話」「水のはじまりの話」「たたらの話」・・・・・

この場所とこの時間の中に居ることを、とてもうれしく思った。



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