犬も歩けば




18 早稲川(さいながわ)

      早稲川はほんの小さな川です。
      町の真ん中を流れていますが、
      夏の初めにはホタルが飛び交い、カジカが鳴きます。



    


      アヒル

      早稲川にアヒルが2羽、住んでいました。
      薄汚れて年老いたメスと、羽艶がよく太ったオスで、
      いつも寄り添うようにいました。
      メスは嗄れた声で鳴き、仕草も乱暴なので、かってにガイと名付けました。
      メスより少し大ぶりのオスは、安易にダイとよびました。

      ある時、ガイが川岸の草むらに座り込み、卵を抱く風をしました。
      すぐ側を人が通っても、猫や犬が通っても、
      じっとボロ雑巾みたな格好で座り込んだままでした。
      1月ほども座りっぱなしでしたが卵は孵らず、とうとう草むらを離れました。
      最初は照れくさげな風でしたが、
      すぐにいつものガサツなガイにもどりました。
      座り込んでいた跡を覗いてみると、孵らないはずで卵の欠片も無く、
      ガイはどうやら見えない卵を暖めていたようです。

      しばらくは、前のように2羽で寄り添うようにいましたが、
      大雨で川が増水した後、ダイの姿が消えました。

      今、早稲川にはガイが1羽で住んでいます。
      昼間は殆ど川岸のコンクリートの上に蹲っています。


      老婆

      93歳のばあさんが川の側の家で一人暮らしをしています。
      桁外れの頑固者で、近所に住む者と殆ど口を利かず、つき合いがありません。
      ある時、腹の痛みでうなり声をあげ、転げ回っていたので、
      見かねた近所の人が救急車を呼んだそうです。
      「わしは病院へは絶対行かん」
      ばあさんは、車に乗せようとする救急車のあんちゃんを足で蹴り、
      怒らせてしまったといいます。

      ばあさんの家は元紙漉の家で、昔は何人もの職人がいたそうです。
      「ばあさんは紙漉さんかえ?」と聞くと、
      「いや、ワシは紙付けじゃ」と怒ったようにきっぱり言います。
      紙付けとは、漉き手の漉いた濡れた紙を乾燥板に刷毛で貼り付ける役です。

      古くなった工場は取り壊されて、紙漉の道具はほとんど残っていませんが、
      幅広で長尺のみごとな付け板は、、青いビニールシートで被って庭の隅に積み重ねられています。
      「これはワシのイノチじゃ」
      「オゼニができたら、これを入れる小屋を建てまする」



      (早稲川の側の家に移り住んで7,8年になる。ながくなったものだ・・・。)



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