犬も歩けば            


13 下駄のおんちゃんの船


下駄のおんちゃんは4,5k離れた浜辺の家から
自転車をこいで港までやって来た。


アホタレ!風呂でも多少の波はあるゾ!
漁師がこれくらいの波に怖じてどうすりゃあ!
下駄でもひくっりかえって浮いてるワイ!
と言うのが口癖で 
青いペンキで塗った古い木造船で沖へでていた。
無人島長平はオレのじいさんでジョン万は親戚じゃあ!
なんぞと見え透いたホラ話の数々を大まじめにするので
千、三つのオヤジとも呼ばれていたが
年かさの漁師たちからは
あいつは小学校に上がる年からコゾウで船に乗っている
根っからの漁師じゃ!
と一目置かれていた。




下駄のおんちゃんは海の上で目眩がして、座りこむことが度々あったらしい。
「もういい加減に漁師を上がれ!」と息子から言われ続けていた。

「バカタレ!漁師が海の上で死ねりゃあ、本望よ!」
と、相変わらずクサイ大口を叩いて、飄々と沖へ出ていた。




そんなある日の朝早く

息子が青い船を家のある浜辺の沖へ乗り回し
ブン回しの全速で砂浜めがけて突っ込んだ。
そしてポリタン一杯の灯油を船にぶっかけ
火を付けた。
こうして下駄のおんちゃんの青く古い木造船は浜で煙になった。


「海の上で他人様に迷惑をかけることになる。」
おんちゃんと似ず無口で物静かな息子はポツリと言ったそうだ。






下駄のおんちゃんとはその後、港からの帰り道で一度だけ会った。
「おお、釣れたか?」
「イヤ、全然釣れん」
「そうじゃろー、この沖の魚は、オレが全部釣ってしもうたからのう!」

ニヤリと笑って、アッカンベーをした。


              

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